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手話通訳の仕事2

 手話通訳の仕事というと、音声と手話の間で手を動かしながら通訳すること、のみに思われがちですが、他の仕事と同じように、事前準備もとても大事です。準備に時間をかければかけるほど、より「精度の高い」通訳ができます。「精度の高い」とは、話者の伝えたい内容をより正確に理解・把握し、適切な日本語語彙もしくは手話語彙を選択して、通訳相手に伝えることができる、という意味です。

 

 では日々、手話通訳者がどんな準備をしているかと言いますと…。

 例えば一般的な講演会の場合などは、講師のプロフィールを調べます。事前に資料を頂いて、読み込みます。専門的な用語などがあれば、その意味を調べます。そして決まった手話表現があるのかを確認します。分からない言葉があれば、チェックしておきます。手話表現が分からない場合も同様です。グラフなどがあれば、数値の変化などは大事な情報なので、頭にインプットします。グラフの形状はそのまま手話で表現すると、ろう者のスムーズな理解につながりますので、覚えます。全体の要旨をつかみます。手話への翻訳でも、音声への翻訳でも、講演の流れをよくつかんでおくことが大切です。時間があれば、講師が書いている著作物やSNSの記事なども読んでおきます。著名人であれば、動画やテレビで話している様子が記録されていたりしますので、そういったもののチェックも必要です。話し声の聞き取りやすさや話し方の特徴を理解することができますし、ある程度「人となり」というのもつかむことができます。

 

 議会の通訳では、まずは前回・前々回の議事録に目を通します。同じような質問があれば、その議員さんがどのような考えを持っているのかを理解します。これまでどのような議論がなされてきたのかを知ることも大切です。最近はインターネットで議会の様子の動画が残っていますので、それをチェックし、話し方の癖を知るのと同時に、そのときの手話通訳者が専門的な言葉をどのように翻訳していたかも見ます。

 

 政見放送であれば、立候補者の公約を、ネットや選挙公報などの情報から得ます。もし話をしている動画があれば、それを見て、話し方の特徴をつかみます。政見放送の場合は制限時間内に、候補者とほぼ同じタイミングで話を終える必要がありますので、他の通訳よりもよりシビアに、話すスピードに追いついていくことが大事になります。なので、過去の政見放送等の話者の話に合わせて手を振る練習をします。また、手話表現の映り方を確認するために、その様子を動画に収めたりもします。

 

 と説明しだすと、くどくど長くなってしまうのですが、それだけ準備することがたくさんあります。ここには書ききれないくらいです。特に手話通訳士が担うような高度・専門的な内容になると、準備に1日~2日はかかるのはざらです。「話者の代わりに話せるようになるくらい、通訳内容を深く理解しなさい」と教わりました。言うは易く、行うは難し。特に全く知識のない分野の物事や苦手分野の内容を理解するのは、相当骨が折れます。しかし理解しなければ通訳できません。

 ですが、そのことが十分に理解されていないのか、「情報漏洩になる」と事前に関連資料や、通訳に必要な情報をもらえないことが、まだあります。本番出たとこ勝負で通訳するのでは、「精度の高い」通訳はできません。ただ機械的に、手話と音声とを相互に変換しているだけになり、それでは、見ている側、聞いている側はよく理解できないことになってしまいます。

 何のために手話通訳を配置するのか。ただ形式的に通訳があればいい、ということではなく、聞こえる聞こえないに関わらずその場にいる人全員が同等の情報・知識を得られるようになることが通訳を配置する本来の目的であるはずです。そのためには相当な事前準備がいること、通訳を配置する主催者等の理解と協力があってこそ実現できること、そのことがもっと理解されるようになってほしいと切に願っています。