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手話通訳について その6:高等教育

 近年は大学、大学院へ進学する聴覚障害学生も増えました。

 それに加えて、「障害者差別禁止法」により、「合理的配慮」を提供することが、国公立大学は「義務」、私立大学は「努力義務」となったことから、聴覚障害のある学生は授業を受けるために、何らかの情報保障を求められるようになりました。

 ただし、多くの授業の情報保障は、ノートテイクになります。これには費用(予算)の問題、それから人材が確保できるか、という問題が大きく関係しています。同じ学校で学ぶ学生をアルバイトで雇用し、ノートテイカーとして養成しているところもありますが、おそらくボランティアで情報保障が行われている学校のほうが今は多いでしょう。何らかの合理的配慮の提供が必要だと法律には明記されていますが、まだすべての大学で行われているわけではないようです。

(詳しくはPEPNet-JAPAN 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワー

 https://www.pepnet-j.org/support_contents/beginners/faq/q11にあります)。

 

 一方手話通訳による情報保障は、主に外部の社会資源、つまり地域の登録手話通訳制度を利用し行っているところが多そうです。通訳場面は、入学・学位授与式(卒業式)などの行事のほか、卒論の口頭試問の場、ゼミでの発表など、特に議論が活発に行き交う場でのニーズが高いように思います。

 私がこれまでに関わってきた手話通訳では、大学生の授業(講演会)、卒論発表会、大学院生卒論発表会、ゼミなどがあります。院生ともなると内容が非常に専門的になるため、事前の資料の読み込みや利用学生との事前打ち合わせなど、準備がとても大切になってきます。専門用語の手話表現の確認、話の論点の確認、利用学生が伝えたい内容の確認など、確認作業も多岐にわたります。ちなみにこの確認作業は利用学生に対し行うことが多く、例えばゼミや担当の先生と行われることは稀です。その点で、利用する聴覚障害学生の負担は相当なものがあると推察します。

 話がちょっとそれましたが、そこまでしても、通訳当日にリアルにその場でやり取りされる内容までは、瞬時に十分に理解することが難しく、見えた、あるいは聞いた内容をとにかく手話へ音声へと置き換えるだけ、という作業になりがちです。利用学生の高い理解力や、一緒に提供されるノートテイクに助けられて、なんとかやり取りが成立しているように思われ、いつも申し訳ない気持ちになります。プロの仕事がそんなことでは全然ダメなのですが。自分が学んできた専門分野もしくはそれに近い分野の内容であればまだ良いのですが、利用学生の学ぶ専門領域は当然様々あります。私の場合は文系の学びしかしてこなかったので、理系の内容の通訳はほとんど無理です。もし依頼があった場合は、お断りするようにしています。 

 専門分野の手話が産まれ育っていく背景には、その道の専門家で手話を使う当事者がいなければなりません。その意味でも、高等教育機関での情報保障は非常に重要です。社会の変化に合わせて、これらの情報保障を担う人間も育てていく必要がありますが、その養成はどこが担うのでしょうかー。残念ながら、高等教育機関における文字通訳や手話通訳について学べる場はほとんどありません。

 そのことを考えると、聴覚障害学生が、聞こえる学生と対等・平等に学びの場に参加できる状況にはまだまだなっていないことを痛感します。