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手話通訳について その5:政見放送

 皆さんご存知の通り、日本は二院制を取っていて、国会は、衆議院と参議院で構成されています。それぞれ議員の任期が異なっていたりと違いはあり、選挙区も異なっています。今回行われる参議院選挙は、比例代表と選挙区に分かれています。一方衆議院は、比例代表と小選挙区に分かれています。

 衆・参議員の政見放送はそれぞれの比例区、選挙区・小選挙区ごとに方式が決められています。手話通訳も、それぞれの仕組みによって違いがありますが、その収録は大きくは「スタジオ録画方式」と「持ち込みビデオ方式」とに分けることができます。

 

 スタジオ録画方式の手話通訳は、その名の通り、テレビ局のスタジオで候補者が政見を撮るときに同時通訳の形で手話通訳も収録するものです。スタジオ録画の場合、

  1. 候補者の話終わりと同時に手話通訳も終わらなければならない
  2. 1度のやり直しはできるが、その場合、最初の収録は上書きされ消されてしまう。一度目でOKとするかどうかを決めるのは候補者
  3. 収録した映像を確認することはできない
  4. あまり良い通訳ができなかったからといって、手話通訳者から「撮り直ししてください」とは、基本的には言えない
  5. 手話通訳者が音を出してはいけないため、手が接触する動きの手話(例えば、《方法》や《作る》など)は手が接触しないように細心の注意を払う必要がある

 このようにとても制約が多く、非常に精神を擦り減らす通訳現場となります。候補者が話す内容は前もって原稿として頂ける場合もあれば、そうでない場合もあります。原稿がない場合は、候補者の人となりや発信している内容を事前に調べて話される内容を予測することが非常に大切です。通常の聞き取り通訳の場合、音声日本語を聞いてから手話を表しますので、手話通訳はほぼ、音声より数秒遅れて表現することになります。しかし政見放送では、話す時間が法律でがっちりと決められていますので、それをオーバーすることはできません。たとえ数秒であっても。規定時間内に終わらせる、これは担当する手話通訳者にとって、相当なプレッシャーとなります。

 

 一方、「持ち込みビデオ方式」は

  1. 撮り直しは可能
  2. 収録した映像を確認することもできる
  3. 多少の時間のずれは編集で調整することができる
  4. 手話表現によって発生する音は多少であれば許容される

 と多少手話通訳側に裁量があり、候補者と打ち合わせしたり、収録スタッフと相談したりすることもできます。もちろん選挙活動で忙しい候補者の限られた持ち時間を使わせてもらうわけなので、何度もなんでも通訳者が要望していいというわけではありません。

 

 どちらの通訳においても重要な存在があります。それは「サブ通訳者」です。

 サブ通訳は、実際に通訳する「メイン通訳者」と一緒に行動し、通訳環境の整備に必要な、候補者・収録スタッフとのやりとりを担ったり、メイン通訳者の緊張感をやわらげたり、時にはカメラ横に立って、メイン通訳者に相槌を送る(大丈夫、伝わっているよというメッセージ)など、メイン通訳者が通訳しやすいように動きます。よってサブ通訳者は、メイン通訳を経験した人のほうが望ましいと考えられます。「痒いところに手が届く」サポートができるのは、自身がメインを担当したからこそできる、というわけです。テレビにこそ映りはしませんが、このようなチームワークによって、政見放送は成り立っています。

 

 もう一つ、政見放送の手話通訳は、「厚生省告示の手話通訳士による手話通訳を付して」と、手話通訳士の仕事であると法文に明記された唯一の通訳となります(政見放送及び経歴放送実施規程)。現実には、定められた政見放送の研修を受けた手話通訳士のみが政見放送を担うことができるので、手話通訳士であれば誰でもできる、というわけではありません。政見放送の手話通訳の担い手が数限られているのは、このあたりの条件も関係しています。それだけ政見放送の手話通訳は難しい通訳と言えるでしょう。

 重責ではありますが、聴覚障害者の参政権、なかでも、候補者に一票を投じ、国の、あるいは地方の、自分の意見の代弁をしてくれる代表者を選ぶ行為を保障する非常に大切な仕事です。政見放送を担う時はいつもピリッと、身の引き締まる思いがします。

 

 

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コメント: 2
  • #1

    石田 英行 (金曜日, 17 6月 2022 17:27)

    発言者の意志に削ぐわず忠実に伝える事、大変な労力かと思います。健常者の我々がもっとするべき事が有るのに何も気付いていないのが恥ずかしいです。頑張って下さい。

  • #2

    下田 (金曜日, 17 6月 2022 22:26)

    そんな細かな制約があるんだと初めて知り、違った見方が次から出来ます。時間内に手話通訳を終わらせるのは、内容にもよりますが、かなり大変ですよね。