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手話通訳について その4:翻訳

 先日、登山ガイドの仲間と世間話をしていると、「手話通訳ってどういうことしているの?」と聞かれました。尋ねられている意味が掴み切れなかった私。その質問の意図をもう少し具体的に、というと、「あれって、日本語の単語が並んでいるのを手話の単語に置き換えているわけ?」と説明しなおしてくれました。なるほど、一般的にはそういう風に思われているのかもしれないな、と思ったので、今回はこれを話題に取り上げることにします。このときは、いわゆる「聞き取り通訳」の話をしていたので、音声日本語から手話に変える作業についての話になります。

 

 手話通訳は基本的に、対象となるろう者によって通訳の仕方を変える必要があり、実際そうしています。

 中途失聴の方や難聴者の方など、日本語が母語になっている方には、挿し絵にあるように、たとえば「犬」という単語には「犬」という手話をあてはめて、日本語の語順通りに並べて表現するほうが伝わりやすいことが多いです。「今日は昨日と違ってまた一段と寒いですね」という会話文だと、<今日><昨日><違う><より><寒い>と言った手話の語順になるということです。

 

 一方、母語が手話である、いわゆる「ネイティブ・サイナー」、手話で育ったろう者の場合だと、先に述べた単語を羅列した表現や、ちょっとした意訳では正しい意味が伝わらないということになります。これについては、私も最近ようやく分かってきたところでまだまだ学習中なのですが、そもそも思考の組み立て方が違う と考えたほうが良いように思います。

 「今日は昨日と違ってまた一段と寒いですね」この例文の場合単語の並びがどうなるかというと、あくまで通訳の一例ですが、

 

<今日><寒い><すごく><昨日><違う><同じ(同意の意味)><暖かい><突然><温度下がった><びっくり>

 

 こんな感じです。そして、うなずきや間や感情表現、眉の上げ下げなど、専門的に言うと「NM(S)(エヌエム)」と呼ばれるものが要所要所にはさまれてきます。

 

 ネイティブ・サイナーの理解に届く手話表現にするには、

・上位語を入れる 例)ニューヨークと聞けば<アメリカ>を先に表してから<ニューヨーク>と表す

・not A but B の構文で表す 例)<明日><天気><何?><雨><違う><

・具体例を例示する 例)<エッセンシャルワーカー><例えば><医者><保育士><など> 

・強調したいことを疑問詞で導いて明示する 例)「父が教えてくれた」というとき、<教えてくれる><誰?><父>

などなど、いろんな約束事があります。

 

  私は日本語が母語なので、こちらのタイプの通訳は、自然には出来ません。学習して、訓練していかなければならず、簡単ではありません。でも、ネイティブ・サイナーのろう者の理解に届く表現にするためには、単語の羅列だけではだめなのです。

 

 手話通訳って実は、瞬時にこれだけの翻訳作業をしているわけなんですね。手話通訳に集中力が必要なのは、このためです。聞いた音声を理解し、それを手話レベルに翻訳・意訳し、体で表す、この作業を一瞬にして、しかも、すべての作業を同時並行的に行っているのです。我ながら、凄い作業をしているなと思います。

 

  いまAIに手話通訳をさせようという動きもあります。単純に語を並び替えるだけの手話通訳はAIにもできるかもしれませんが、上記に書いたような、ネイティブ・サイナーに伝わる手話を表現するには複雑すぎて、まだまだ技術的には難しいのではないでしょうか。まだまだ生の人間が活躍する世界であってほしいと私自身は思っています。