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2冊の書籍と熊

『山を渡る』という漫画が現在絶賛発売中で、私にしては珍しくはまって読んでいます(空木哲夫著 ハルタコミックス)。今どき珍しい、硬派な大学山岳部をめぐる物語で、3巻では、トレーニングを積み、テント泊のイロハを覚えた新入生が、先輩と一緒に初めて泊り山行を行うという内容になっています。(写真右側)

 

ここに、とあるシーンが出てきます。

(『山を渡る』vol.3、P.74より、※画像をクリックすると拡大されます)

 

これを見て、皆さんはどういう感想を持ちましたか?

私が山を始めた大学時代はこれが普通でした。つまり、使ったコッヘル(鍋)や食器を綺麗にするには、①トイレットペーパー(昔は「トレペ」と言ったりしていました)でざっくりと汚れを取る ②お湯を沸かし少量ずつコッヘル・食器に分け、スプーンなどで残った汚れをこそげる ③綺麗になったら、そのお湯を飲み干す というふうにしていました。

 でも今だったら、③は「ゲ…Σ(゚ロ゚;)」じゃないでしょうか。皆さんは、汚れが浮いた水・お湯は、そのあたりの土の上に捨てていませんか? あるいは水場でザーザーと洗っていませんか? 私もこのページを見た時、「今どき受けないよね、こんなやり方」と思いましたよ。昔のがっつり体育会系の山ヤさんのやることだよね~、って思ったので、今どきの漫画に載せるなんて、ある意味凄いなと思っていました。

 

 ところが先日、遭難事例の本をたくさん出されている羽根田治さんの講演会で、熊に関する本も出されている羽根田さんに対し、ある参加者から、「最近の熊被害についてどう思われるか」という質問がありました。羽根田さんは、「人間の味を覚えてしまった。食料をゴミとして残すことは論外、麺のゆで汁などをこぼすことさえも、熊に人間の味を覚えさえることになる」と答えられたのです。

 それを聞いて私はハッとしました。なんとなく先輩がやっている方法をよく分からず(半ばイヤイヤ)真似ていましたが、あぁ、あの掃除の仕方は、自然と人間が山で共生するための正しい方法だったのだと、初めて合点がいきました。

 

 例えば歯磨きにしても、私は、「歯磨き粉を使うな」とうるさく指導されましたが、最近はどうでしょうか。テント泊はともかく、山小屋泊なら、普通に歯磨き粉を使っているのではないでしょうか。

 私たちは下界での生活を、山に持ち込んでしまっているのかもしれません、無自覚的に。今では山中で携帯の電波が通じることも、山小屋でテレビが見られることも普通になってきました。だからこそ余計に、日常の延長に山での生活を位置付けてしまっているのかもしれません。

 この本は、その最近の傾向を戒めているのかもしれません。そうでないとしても、今一度、互いの生活圏を侵さない、自然との共生の在り方を考えるべき時期に来ているのかもしれません。

 

 熊が人間の味を覚えてしまったらどういうことになるか。

 左にある、吉村昭さんが書かれた『羆嵐(くまあらし)』(新潮文庫)を一度読まれることをお勧めします。これはフィクションでなく、実際に北海道の開拓地で起きた恐ろしい熊被害のドキュメンタリーです。「ツキノワグマ」と「羆(ひぐま)」の被害の大きさに違いはあれど、熊の賢さ・執念深さを知るにはとても良い書籍です。というか、もう恐ろしくて手が震えてくる内容です。リアルです。これを読んだら、とても一人でテント泊なんて出来なくなりますよ。