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手話通訳について その2:テレビ通訳

 前に手話通訳の基本的なことを説明しましたが、関心をもって下さっている方が多くいらっしゃるようですので、今回はテレビ等映像に付与する手話通訳について書きたいと思います。

 

 手話通訳と一口に言っても、様々な場面があります。最近は聴覚障害のある方の大学進学が進んだことで、大学院での専門の学びや学会での発表、専門職への就職など、より専門的な内容を理解し行う必要のある通訳が増えてきました。このほかに、司法場面(裁判、警察・検察の取り調べなど)なども専門性の高い通訳で、私のような「手話通訳士」資格を所持している通訳者が優先的に派遣されることが一般的となっています。

 この専門性の高い通訳に、テレビ等映像に付与する手話通訳も含まれます。

 そう見做される一番の理由は

 

 「通訳相手(ろう者)が見えない」

 

 ということです。

 手話と一括りに言っても、地域や年齢、性別、生い立ち、聞こえの具合などによって、使っている手話表現や手話に対する理解度が違います。通常は手話を伝える相手が目の前にいますので、通じているかどうかが表情等で分かります。通じていないと思ったら、表現の仕方を変えたり、音声の話し手に、違う説明の仕方を求めるなど、その場で修正することが可能ですが、それができないのです。また見ている方を特定できないので、どこのターゲットに向けた手話表現にするかが非常に難しい判断になってきます。これは例えば、若者言葉を高齢の方に対して使わない、そういう配慮と同じ問題です。

 ただ最近は字幕がついていることが増えてきましたので、日本語をある程度理解できる方は文字で情報を補うことができるため、どちらかというと、手話でしか情報を得られない方を念頭において表現を選ぶ傾向があるように思います。 

 

 

奈良県新型コロナウイルス対策本部会議 奈良テレビYouTube映像より転載
奈良県新型コロナウイルス対策本部会議 奈良テレビYouTube映像より転載

 さて、テレビ通訳のなかでも最近よく目にされるのは、このパターンだと思います。

 

 話し手の横に通訳者が立ち、同時通訳しています。

 話し手(この場合は知事)の読み原稿となる資料は事前に頂けるので、ある程度話の予測はしやすく、その意味では通訳しやすいのですが、アドリブで入ってくる専門用語(特にカタカナ語)や同音異義語でとっさに判断しづらい言葉の通訳が難しいです。

 一方記者からの質問はほとんど予測不能なため、日々時事ネタに精通しておく必要があります。その地域のことだけでなく、「@@県の△△知事が□□のように発言していましたが」といった話が出てくることもあるので、全国の様子を押さえておく必要もあります。 

 さらに大事なのは「同時性」です。双方のやり取りを音声と同じテンポで訳す必要があるため、質問された内容を瞬時に理解し、意味をとらえた表現に変える必要があります。このタイミングが遅れてしまうと、質疑応答がちぐはぐになってしまい、見ている側は全く状況が分からなくなってしまいます。こういうときは、待機している通訳者のフォローがとても重要になってきます。

奈良県作成「子ども救急チャンネル」より一部抜粋転載
奈良県作成「子ども救急チャンネル」より一部抜粋転載

 もう一つ、よくあるパターンが「ワイプ」式のものです。手話通訳者が〇や̻▢の形に切り取られて挿入されています。

 この場合、手話通訳の映像は別撮りで、元映像にはめ込む形になります。ナレーションの内容や使われる映像がどのようなものかを事前に確認できることも多く、その場合は、より適切な手話表現をゆっくり考えることができます。また撮り直しができるのも、手話通訳者の負担の意味では楽です。

 難点は、手話通訳者が小さいため、口の形や表情・顔の動きなどが分かりづらいことです。ですので通訳をするときには、それらが見づらくても分かりやすいシンプルな表現を考える必要があります。

市長挨拶。奈良市公式HP(YouTubeリンク)より転載
市長挨拶。奈良市公式HP(YouTubeリンク)より転載

 ちなみにこちらは最初同時に収録しようとしたのですが、一発撮りではうまくできず、別撮りをして最終的に合成したものです。

ただこのように手話通訳者を前面に出すかたちで合成してもらえたので、手話もメインの話し手(市長)もどちらもとても見やすく、ろう者からは好評でした。ちなみに、下に同時に字幕がついているのもポイント高いですね。

 このように、テレビ通訳と言っても、様々な状況があり、たとえ手話通訳士であっても、誰でもすぐに簡単にテレビ通訳をすることができるわけではないのです。カメラ慣れしているか…という問題もありますし。手話通訳士向けのテレビ通訳に関する専門研修も、最近は総務省の主催で行われていたりしていて、担える人材を増やそうとしています。

 今回のコロナウイルスの関係では大阪へ奈良へと引っ張りだこになっている私ですが、そのような事情が背景にあるためです。

 

 コロナウイルスの問題にかかわらず、「手話言語条例」の制定によって、地域の議会のやり取りに手話通訳を付ける市町も増えてきていますので、これからますますテレビ通訳のニーズが高まってくると思われます。

 知事会見に手話通訳を付ける地域が増えたことをきっかけに、テレビ等映像向けの手話通訳を担える人材をもっと増やさなければ、と切実に思っています。